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知財裁判例紹介:
切り餅のクレームについてクレーム文言を重視して解釈した事例(平成23年9月7日知財高裁中間判決・平成23年(ネ)10002号)

平成23年9月7日知財高裁中間判決・平成23年(ネ)10002号は、有名な「サトウの切り餅」事件の控訴審の中間判決です。

なお、本件は中間判決ですが、この事件の終局判決(知財高裁平成24年3月22日判決・平成23年(ネ)第10002号)は、差止めと高額の賠償金を認めました。

第1 判決の概要
主な争点は文言侵害の有無、特に、本件特許(第4111382号)の請求項1の「・・・切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・・切り込み部又は溝部を設け」は、
(a)側面のみに切り込み部又は溝部(以下「切り込み」といいます)を設け上下面には切り込みを設けないという意味か、
(b)側面に切り込みを設けるというだけで上下面に切り込みを設けることを排除しない(どちらでもよい)という意味か、
どちらかという解釈の争いです。

被告製品は上下面にも切り込みがあったので、原審(東京地裁)は(a)と解釈して文言侵害なしとしましたが、控訴審は(b)と解釈して文言侵害ありとしました。
解釈の決め手は、クレーム(特許請求の範囲)の記載文言の解釈、作用効果からの解釈、出願経過からの解釈の3点をどう考えるかでした。

(1)クレームの記載文言の文理解釈
これについて、中間判決は次のように述べています。
「ア 「載置底面又は平坦上面ではなく」の意義について
 当裁判所は,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,「側周表面」であることを明確にするための記載であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部(以下「切り込み部等」ということがある。)を設けることを除外するための記載ではないと判断する。(中略)
 上記特許請求の範囲の記載によれば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分の直後に,「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」との記載部分が,読点が付されることなく続いているのであって,そのような構文に照らすならば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分は,その直後の「この小片餅体の上側表面部の立直側面である」との記載部分とともに,「側周表面」を修飾しているものと理解するのが自然である。」

つまり、クレームの記載としては、
A. 載置底面又は平坦上面ではないこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・・切り込み部又は溝部を設け、
B. 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・・切り込み部又は溝部を設け、
C. 載置底面又は平坦上面ではなく、この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、・・・切り込み部又は溝部を設け、
という3つがあり得るところ、Aなら当然に上記(b)の解釈、Cなら当然に上記(a)の解釈にいくことを前提として、BについてはAと同様に解するのが自然だということです。「読点の付し方」がいかに大切かを示すものです。

(2)明細書の記載(特に作用効果)からのクレーム解釈

これについて、中間判決は次のように述べています。

「c これに対し,被告は,本件発明は,切餅について,切り込みの設定によって,焼き途中での膨化による噴き出しを制御できるという効果(効果(1))と,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できるという効果(効果(2))を共に奏するものであるが(本件明細書段落【0032】),切餅の平坦上面又は載置底面に切り込みが存在する場合には,焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなるため,忌避すべき状態になることから(本件明細書段落【0007】),本件発明における効果(2)を奏することはないと主張する。
 しかし,被告の主張は,採用の限りでない。
 すなわち,本件発明は,上記のとおり,切餅の側周表面の周方向の切り込みによって,膨化による噴き出しを抑制する効果があるということを利用した発明であり,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できるという効果は,これに伴う当然の結果であるといえる。載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けたために,美観を損なう場合が生じ得るからといって,そのことから直ちに,構成要件Bにおいて,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けることが,排除されると解することは相当でない。
 また,当初明細書(甲6の2)の段落【0021】には,作用効果に寄与する切り込みの形成方法が記載され,同明細書の段落【0043】,【0045】には,周方向の切り込み等は,側周表面に設けるよりは作用効果が十分ではないが,平坦頂面における場合でも同様の作用効果が生じる旨記載され,図6(別紙図5)が示されていたことに照らすと,周方向の切り込み等による上側の持ち上がりが生ずる限りは,本件発明の作用効果が生ずるものと理解することができ,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けないとの限定がされているとはいえない。」

つまり、本件特許明細書においては、発明の主たる効果として、(1)焼き途中での膨化による噴き出しを制御できるという効果と、(2)焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できるという効果とがありました。
そして原審は、(2)の効果を重視して、切り餅の上下面に切り込みを入れるとその切り込み部分が人肌の傷跡のようになるため(2)の効果が得られなくなる、だから(2)の効果を得るためには「上下面に切り込みを設けない」ことが必要だから上記(a)の解釈が妥当だとしていました。

これに対して、控訴審は、出願当初明細書(出願経過の1つ)をも参照しつつ、側面だけでなく上下面にも切り込みを設けるようにした場合でも、上面の美観が多少は犠牲になる場合があるとしても上記(2)の効果がある程度は生じると言ってよいとしたものです。上記(2)の効果の「美観も損なわず」は定性的な文言なので、完璧な美観の保持までは必要ないと解したのでしょう。

(3)出願経過からのクレーム解釈

これについて、中間判決は次のように述べています。
「b 判断
 上記本件特許の出願の経緯に照らすならば,原告は,平成17年5月27日付けで拒絶理由通知を受けたことから,同年8月1日付けで手続補正書(甲8の2)を提出して,切餅の上下面である載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみに切り込みが設けられる発明へと補正することを試みたが,同補正は,審査官から認められず,同年9月21日付けで拒絶理由通知(甲9)を受けたため,結局,同年5月の補正を撤回し,また,従前の意見内容も改めて,平成17年11月25日付けの手続補正書(甲10の2)を提出した経緯が認められる。

 以上のとおりであり,本件特許に係る出願過程において,原告は,拒絶理由を解消しようとして,一度は,手続補正書を提出し,同補正に係る発明の内容に即して,切餅の上下面である載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみに切り込みが設けられる発明である旨の意見を述べたが,審査官から,新規事項の追加に当たるとの判断が示されたため,再度補正書を提出して,前記の意見も撤回するに至った。
 したがって,本件発明の構成要件Bの文言を解釈するに当たって,出願過程において,撤回した手続補正書に記載された発明に係る「特許請求の範囲」の記載の意義に関して,原告が述べた意見内容に拘束される筋合いはない。
 むしろ,本件特許の出願過程全体をみれば,原告は,撤回した補正に関連した意見陳述を除いて,切餅の上下面である載置底面及び平坦上面には切り込みがあってもなくてもよい旨を主張していたのであって,そのような経緯に照らすならば,被告の上記主張は,採用することができない。」

一般的には、原告(特許権者)が権利化の過程でクレームを減縮する補正をしたり限定する解釈を意見書などで主張したときは、信義則または禁反言からその出願経過での事実がクレームを狭く解釈する根拠となり得ます。

本件では、原告は第1回目の拒絶理由通知に対する補正書で「上下面には切り込みを設けずに、側面のみに切り込みを設ける」という上記(a)の解釈に沿う補正と意見書提出をいったん行ったのですが、その後(そのような補正は新規事項の追加になるとの指摘を審査官から受けて)、そのような補正と意見を撤回しています。この点について、判決は、このように補正と意見を撤回した場合は、撤回する前の補正と意見書の内容に沿って限定的にクレームを解釈しなければならない筋合いはない、と解釈しました。
これは新判断ではないかと思います。

第2 私のコメント
(1)上記のように「載置底面又は平坦上面ではなく・・・側周表面に、・・・切り込み部・・・を設け」の解釈として、文言解釈、作用効果、出願経過の3つから検討していますが、積極的な理由は文言解釈であり、作用効果と出願経過の検討は、このように解釈しても作用効果の点からも出願経過の点からも不都合はないという消極的理由という位置付けだと思います。

(2)個人的に注目したのは、出願経過の扱いです。権利化の過程でいったん或る解釈に沿う主張をした場合であっても、その後に撤回したときは、撤回にはある程度の合理的理由(本件の場合は審査官から「新規事項だ」と指摘された)が必要でしょうが、撤回前の補正や意見を根拠として原告に不利に解釈されるべきではないという考え方が示されています。

(3)判決中では明示的には論点になっていませんが、新規事項とクレーム解釈の関係も、新しい論点になり得たのでは、と思います。
つまり、出願経過において原告がいったん行った「上下面には切り込みを入れずに、側面のみに切り込みを入れる」という狭い解釈に沿う補正は、当初明細書に開示されていない新規事項だと審査官から指摘されて、原告がそのような補正を撤回しています。
この新規事項だという審査官の指摘が正しいかどうかは問題ですが、以下は、正しいと仮定した場合の議論です。

上記の新規事項だという審査官の指摘が正しいと仮定した場合、クレームを原審や被告のように解釈すればクレームが新規事項を含むことになり、控訴審のように解釈すれば新規事項を含まないことになります(或る解釈をとればクレームが新規事項を含むことになり拒絶又は特許無効、別の解釈をとればクレームが新規事項を含まないことになり特許性あり又は特許有効というように、新規事項かどうかの争点の本体が実はクレーム解釈・要旨認定にあるということは少なくありません。例えば私が代理したものですが平成20年(行ケ)10270号)。

そして、「新規事項が補正または解釈により追加された発明」は、「出願当初明細書で開示されていなかった発明」であり、「出願当初明細書で開示された発明とは別個の発明」です。

だとすると、原審や被告のように「上下面には切り込みを入れずに、側面のみに切り込みを入れる」という意味にクレーム解釈すると、それは本件の特許発明を「出願当初明細書に開示されていなかった発明=出願当初明細書に開示された発明とは別個の発明」として解釈することになってしまいます。

確かに、侵害判断時のクレーム解釈と無効判断時の発明要旨認定とはダブルスタンダードでよい(参考)とされています。また、機能的クレームや広すぎるクレームについて、権利範囲を限定する方向で解釈することは行われています。

しかし、機能的クレームや広すぎるクレームに対して、クレームを限定的に解釈するのは、「出願明細書(正確には出願当初の明細書)に開示されていなかった発明についてまで独占権を与えるべきではない」という命題を守るためです。そうだとすると、本件のようにクレームを「出願当初明細書に開示されていなかった発明=出願当初明細書に開示された発明とは別個の発明」として解釈することは、クレームを限定する方向とは言え、上記の命題に反することになります。

原審や被告の解釈のように、当初明細書に開示されていなかった発明事項(新規事項)を新たにクレームの中に(補正の代わりに解釈により)取り込んで、特許発明の内容を「当初明細書に開示された発明とは別個の発明」に変更し、「当初明細書に開示されていなかった発明」に独占権を与えてしまうような解釈は、上記の命題に反し、不自然で無理がある解釈であり、この点からも原審や被告のクレーム解釈は妥当ではなかったと思います。

また、仮に、原審や被告のように「上下面に切り込みを入れないで、側面のみに切り込みを入れる」という新規事項を取り込んだクレーム解釈を認めるとしても、その場合は、技術的範囲の属否を判断する前に、そのような解釈にならざるを得ないクレームは新規事項を含むので無効だという無効抗弁で判断する(そのような無効抗弁について被告に釈明させる)べきだったのではと思います。

(4)もともと日本語としてどうかというクレームに最大の問題があったのですが、私が判決文を読んだ限りでは、偏りのない説得力のある判決であり、「飯村コートだから」とか「プロパテントだから」とかは関係ないと思います。

追記:当控訴審判決(平成24年3月22日判決)の次の一文も参考になります。

「例えば,「立直側面である側周表面」に切り込み部又は溝部を設ける趣旨で製造等された餅であっても,当該面を載置底面ないし平坦上面にして載置すると,「立直側面である側周表面」に切り込み部ないし溝部が存在しない状態となる可能性を否定することができない。そのような点に鑑みると,本件発明の構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」との記載のうち「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,載置状態との関係を示して,「側周表面」を,明確にする趣旨で付加された記載であると解するのが合理的であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設けることを排除する趣旨で付加された記載とはいえない。

また,本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載によれば,本件発明の作用効果としては,①加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制,②切り込み部位の忌避すべき焼き上がり防止(美感の維持),③均一な焼き上がり,④食べ易く,美味しい焼き上がり,が挙げられており,本件発明は,切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し,焼き上がり時に,上側が持ち上がることにより,上記?ないし?の作用効果が生ずるものと理解することができる。さらに,周方向の切り込み等による上側の持ち上がりが生ずる限りは,本件発明の上記作用効果が生ずるものと理解することができ,発明の詳細な説明欄において,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けることを排除した記載はない。」

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